レプリソーム旅行記Vol.20 Naismith Basketball Hall of Fame Part 3

かつてそこは
かつて、これまでのNBAファイナルの展示を行なっていた場所は、五輪代表チームが Hall of Fame に選ばれたことを受け、その展示場となっていました。

柱には、この展示のテーマとも言うべき、「USA Basketball 夢への約束」というタイトルがプリントされています。

誇りをまとった国民の色
そして足元には、
 「The Colors of a Nation Worn with Pride」

 誇りをまとった国民の色

と照らし出されています。
何となく、わかるような、わからないような表現ですが・・・。

レッド × ホワイト × ネイビー
ここに来ると、その意味がわかりました。
壁一面に敷き詰められたレッド・ホワイト・ネイビーの3色の何かで、アメリカ国旗を表現しています。
これら3色が誇りある色というわけですね。

その実態は・・・
更によく見ると、こういうことです。
旗を構成しているのは、レッド・ホワイト・ネイビーの3色のNIKE のシューズです。

五輪代表チーム
3色のNIKE のシューズが飾ってあったのは、入り口の左手ですが、こちらはその右手です。

ドリームチームを含む、これまで五輪参加してきた代表チームがパネルとなって、およそ12畳ぐらいのブースを形成しています。

床が・・・
そのブースに足を踏み入れると、ここも、フローリングの床がレッド・ホワイト・ネイビーの3色に彩られています。

頭上には
さらにその頭上には、代表ジャージが円をなすように飾られています。

ブース内
ブース内には、1936年(金)・1960年(金)・1972年(銀)・1984年(金)・1992年(金)・1996年(金)・2000年(金)・2008年(金)のチームロスターならびにメモラビリアが各々、飾られています。

ドイツ・ベルリン五輪
逆光で大変見づらいのですが、1936年チームのコーナーです。
このベルリン五輪は、バスケットボールが初めてオリンピック競技に認定された大会とあります。

右から、当時のメンバーによるサインが施されたボール、ウィラード・シュミット選手のジャージ、当時獲得した金メダル、当時の様子をとらえた写真です。

写真の下に見えるのは、このチームのメンバーリストです(下記)。以下、同様のリストは、ガード・フォワード・センターごとに記載しております。

ロスター 1936年8月1〜16日 開催地:ベルリン(ドイツ) 金メダル
名前 身長 体重 年齢 所属
サム・バルター 5-10 150 26 ユニバーサルピクチャーズ
ジョン・ギボンス 6-1 175 28 マクファーソン グローブ リファイナーズ
フランシス・ジョンソン 5-11 175 26 マクファーソン グローブ リファイナーズ
アート・モルナー 6-0 160 23 ユニバーサルピクチャーズ
ドン・パイパー 5-11 160 25 ユニバーサルピクチャーズ
ジャック・ラグランド 6-0 175 30 マクファーソン グローブ リファイナーズ
カール・シャイ 6-0 170 27 ユニバーサルピクチャーズ
ラルフ・ビショップ 6-3 185 21 ワシントン大学
カール・ノールズ 6-2 165 26 ユニバーサルピクチャーズ
フランク・ルビン 6-7 225 26 ユニバーサルピクチャーズ
デュウェイン・スワンソン 6-2 175 22 ユニバーサルピクチャーズ
ウィリアム・ウィートリー 6-2 175 27 マクファーソン グローブ リファイナーズ
ジョー・フォーテンベリー 6-8 185 25 マクファーソン グローブ リファイナーズ
ウィラード・シュミット 6-8 190 26 マクファーソン グローブ リファイナーズ
Staff ヘッドコーチ: ジェイムス・ニードルス ユニバーサルピクチャーズ
アシスタントコーチ: ジーン・リー・ジョンソン マクファーソン グローブ リファイナーズ
マネージャー: ジョセフ・ライリー カンザスシティアスレチッククラブ
アスレチック トレーナー:  エディー・ザンザアイ プリンストン大学

初の五輪試合の様子
ショーケース中の写真ですが、同じ写真が手元にありましたのでご紹介します(NBA Encyclopedia 巻頭7ページから引用)。

これは1936年当時のオリンピック決勝戦の様子です。
現在では、何万人という観客を動員できる屋内アリーナで開催するのが普通になりましたが、当時は屋外で行ない、天候に左右されながらの開催でした。

また、敷地の大きな公園で行なっているかのごとく狭く、選手達が着用しているのも、短パンにランニングシャツで、バスケットボール選手というより、陸上の選手のような格好をしています。

当日は雨が降っていましたが、アメリカが金メダルを獲得することになり、この試合をバスケットボール考案者である、ネイスミス博士も見ていた、とあります。

イタリア・ローマ五輪
こちらでは、1960年の代表チームについて書かれています。右側に写るボールは、当時のメンバーのサインが入っています。

この大会は、現在ではNBAレジェンドとされる、オスカー・ロバートソン選手やジェリー・ウェスト選手が学生メンバーとして参加した大会で、平均42点の点差をつけ、無敗で終えたとあります。

1936年から合計5大会すべて、金メダルを獲得してきたアメリカですが、無敗神話が定着し始め、最盛期を迎える真っ只中にありました。

ロスター 1960年8月26日〜9月10日 開催地:ローマ(イタリア) 金メダル
名前 身長 体重 年齢 所属
G アレン・ケリー 5-11 164 27 ピオリア キャタピラーズ
レスター・レーン 5-11 165 28 ウィチタ ビッカーズ
エイドリアン・スミス 6-0 175 23 U.S. Armed Forces
ジェリー・ウェスト 6-2 185 22 ウェストバージニア大学
F ジェイ・アーネット 6-2 175 21 テキサス大学 オースチン所在
ロバート・ブーザー 6-8 220 23 ピオリア キャタピラーズ
テリー・ディッシンジャー 6-6 190 19 パデュー大学
バーデット・ハルドーソン 6-7 207 26 フィリップス 66ers
ジェリー・ルーカス 6-8 220 20 オハイオ州立大学
オスカー・ロバートソン 6-5 220 21 シンシナティ大学
C ウォルター・ベラミー 6-11 217 21 インディアナ大学
ダーラル・イムホフ 6-11 220 21 カリフォルニア大学バークレー校
Staff ヘッドコーチ:  ピート・ニューウェル カリフォルニア大学バークレー校
アシスタントコーチ: ワーレン・ウォンブル ピオリア キャタピラーズ
マネージャー: アーサー・ロンボーグ カンザス大学
アスレチック トレーナー: ディーン・ネスミス カンザス大学

西ドイツ・ミュンヘン五輪
そんな絶頂期を迎えていたアメリカ代表チームの歴史に水を差す出来事がありました。このミュンヘン五輪のことです。

試合終了まで残り3秒、1点ビハインド。
ダグ・コリンズ選手(ブルズやピストンズのHCを歴任)が、フリースローを得て50-49と1点リード。次のソビエト(現ロシア)側の攻撃が失敗に終わり、残り何秒かあった時点で終了ブザーが鳴り、アメリカ優勝が決まったかに見えました。

これにソビエトの監督が、「フリースロー前にタイムアウトを請求していたのに、認められなかった」と主張したところ、残り3秒から試合再開となり、再びソビエトのプレイは失敗に終わります。

が、今度は大会側から「クロックを残り3秒にセットする作業中から、すでにプレーが再開されていた」と指摘があり、再度、残り3秒から再開すると、今度はソビエトのシュートが決まり、自分達の実力とは関係ない物の影響で、アメリカは涙を呑むことになりました(銀メダルが決定)。

共産主義 vs. 資本主義の世にあって、対戦相手が当時のソビエトだけに、ひどく後味の悪い結果を残すことになりました。

ロスター 1972年8月27日〜9月9日 開催地:ミュンヘン(西ドイツ) 銀メダル
名前 身長 体重 年齢 所属
G ダグ・コリンズ 6-6 180 21 イリノイ州立大学
ケニー・デイビス 6-1 180 23 マラソンオイル
トーマス・ヘンダーソン 6-2 190 20 サン ジャッキント ジュニアカレッジ
ケビン・ジョイス 6-3 190 21 サウスカロライナ
エド・ラトレフ 6-6 190 22 ロングビーチ州立大学
F マイク・バントン 6-8 205 20 セントジョセフス大学
ジェームス・フォーブス 6-7 200 20 テキサス大学 (エルパソ所在)
ボビー・ジョーンズ 6-8 205 20 ノースカロライナ大学 チャペルヒル校
トム・マクミレン 6-11 210 22 メリーランド大学 カレッジパーク校
C ジム・ブリューワー 6-9 220 20 ミネソタ大学 ツインシティ校
トミー・バールソン 7-4 225 20 ノースカロライナ州立大学
ドワイト・ジョーンズ 6-8 205 20 ヒューストン大学
Staff ヘッドコーチ:  ヘンリー・アイバ オクラホマ州立大学
アシスタントコーチ: ジョン・バック ペン州立大学
アシスタントコーチ: ドン・ハスキンス テキサス大学 (エルパソ所在)
マネージャー: W.K. サマーズ インデアナ州ブラウンズタウン
アシスタントマネージャー: ハーバート・モルス ニューヨーク州バッファロー
アスレチック トレーナー: ホワイティー・グイン ウェストバージニア大学

アメリカ・ロサンゼルス五輪
1984年、ロサンゼルスで行なわれたオリンピックは、アメリカにとって盛り上がる要因がいくつかあったと書かれています。
1つは、自国での開催であること、2つ目は前大会をボイコットしていたこと、3つ目はマイケル・ジョーダンという類まれな選手を擁し、ゼネラル(将軍)の異名をとるボビー・ナイトHCが指揮していたことでした。

また、女子チームでは、平均32.7点差をつける快進撃を見せます。
その中で、ひときわ活躍したのが、写真のシェリル・ミラー選手(レジー・ミラー選手の姉)だったとあります。

画像に写るジャージは、シェリル・ミラー選手(#9)とLynette Woodard(#6)の物です。

ロスター 1984年7月29日〜8月10日 開催地:L.A. (アメリカ) 金メダル
名前 身長 体重 年齢 所属
G スティーブ・アルフォード 6-1 163 19 インディアナ大学
ヴァーン・フレミング 6-5 184 23 ジョージア大学
マイケル・ジョーダン 6-5 199 21 ノースカロライナ大学 チャペルヒル校
クリス・マリン 6-6 211 20 セントジョンズ大学
アルビン・ロバートソン 6-4 193 21 アーカンソー大学
レオン・ウッド 6-3 190 22 カリフォルニア州立大学 フラートン校
F ジョー・クライン 6-11 269 22 アーカンソー大学
サム・パーキンス 6-9 233 23 ノースカロライナ大学 チャペルヒル校
ウェイマン・ティスデイル 6-9 259 20 オクラホマ大学
ジェフ・ターナー 6-9 229 22 ヴァンダービルト大学
C パトリック・ユーイング 7-0 248 21 ジョージタウン大学
ジョン・コンカック 7-0 250 21 サザン メソジスト大学
Staff ヘッドコーチ: ボブ・ナイト インディアナ大学
アシスタントコーチ: ジョージ・ラベリング オイオワ大学
アシスタントコーチ: ドン・ドノハー デイトン大学(オハイオ)
マネージャー: C.M. ニュートン ヴァンダービルト大学
チームドクター: ロバート・リーチ マサチューセッツ州ウェストン
アスレチック トレーナー:  ティム・ガール インディアナ大学

スペイン・バルセロナ五輪
1992年、初代ドリームチームの誕生です。
飾られているのは、2人のチームキャプテン、ラリー・バード選手(#7)、マジック・ジョンソン選手(#15)のジャージと写真です。

オールスターでも見ることができない、ラリー・バード選手とマジック・ジョンソン選手、ジョーダン選手とがチームメイトとしてプレーすることになる、88年のソウル五輪の結果が銅メダルだっただけに、それらの期待により、事前から盛況でした。

紹介文では、地球で最も偉大な選手達が一堂に会し、相手チームを平均44得点差で退け、相手チームからサインや写真をねだられたことなど、このチームの偉大さに強く触れています。
また反面、初めてのプロメンバー派遣チームであり、負けは許されず、いかに華麗なプレーを披露して一勝するかよりも、最終スコアが重要であると、チームのシビアな背景にもふれています。

この大会を機に、NBAへやってくるアメリカ国外の選手が増え、NBAのリクルートの触手が世界にまで達するのが普通になり始めた時期でもありました。

ロスター 1992年7月25日〜8月10日 開催地:バルセロナ(スペイン) 金メダル
名前 身長 体重 年齢 所属
G クライド・ドレクスラー 6-7 222 30 ポートランド トレイルブレイザーズ
アービン "マジック" ジョンソン 6-9 220 32 ロサンゼルス レイカーズ
マイケル・ジョーダン 6-6 198 29 シカゴ ブルズ
ジョン・ストックトン 6-1 175 30 ユタ ジャズ
F チャールズ・バークレー 6-6 250 29 フェニックス サンズ
ラリー・バード 6-9 220 35 ボストン セルティクス
クリスチャン・レイトナー 6-11 235 22 デューク大学
カール・マローン 6-9 256 29 ユタ ジャズ
クリス・マリン 6-7 215 29 ゴールデンステイト ウォリアーズ
スコッティ・ピペン 6-7 210 26 シカゴ ブルズ
C パトリック・ユーイング 7-0 240 30 ニューヨーク ニックス
デビッド・ロビンソン 7-1 235 27 サン アントニオ スパーズ
Staff ヘッドコーチ: チャック・デイリー ニュージャージー ネッツ
アシスタントコーチ: レニー・ウィルキンス クリーブランド キャバリアーズ
アシスタントコーチ: P. J. カーリッシモ シートンホール大学
アシスタントコーチ: マイク・シャシェフスキー デューク大学
チームドクター: デビッド・フィッシャー ミネソタ州ミネアポリス
チームドクター: スティーブ・ロンバード ロサンゼルス レイカーズ
チームドクター: ノーマン・スコット ニューヨーク ニックス
アスレチック トレーナー:  エド・ラサート ボストン セルティクス

アトランタ五輪
アトランタ五輪のコーナーでは、男子チームについて触れられていませんが、代わりに圧倒的な強さを見せた女子チームについて述べられています。

無敗であるばかりでなく、甚大な数の観客を動員したほどの強さであり、それまでの金メダルチームの2倍の観客を呼び寄せたとあります。

飾られているジャージは、バークレー選手(ホワイト・#4)、シェリル・スウープ選手(レッド・#7)、レベッカ・ロボ選手(レッド・#13)のものです。

また、カトリーナ・マククレイン選手のサインが入ったシューズ(左)、ビーナス・レイシー選手のサインが入ったシューズ(右)、女子チーム全員のサインが入ったボール(中央)が飾られています。

ロスター 1996年7月20日〜8月3日 開催地:アトランタ(アメリカ) 金メダル
名前 身長 体重 年齢 所属
G アンファニー・ハーダウェイ 6-7 200 24 オーランド マジック
レジー・ミラー 6-7 190 30 インディアナ ペイサーズ
ゲイリー・ペイトン 6-4 190 28 シアトル スーパーソニックス
ミッチ・リッチモンド 6-5 215 31 サクラメント キングス
ジョン・ストックトン 6-1 175 34 ユタ ジャズ
F チャールズ・バークレー 6-6 252 33 フェニックス サンズ
グラント・ヒル 6-8 225 23 デトロイト ピストンズ
カール・マローン 6-9 255 33 ユタ ジャズ
スコッティ・ピペン 6-7 225 30 シカゴ ブルズ
C アキーム・オラジュワン 7-0 250 33 ヒューストン ロケッツ
シャキール・オニール 7-1 301 24 オーランド マジック
デビッド・ロビンソン 7-1 235 30 サン アントニオ スパーズ
Staff ヘッドコーチ: レニー・ウィルキンス アトランタ ホークス
アシスタントコーチ: ジェリー・スローン ユタ ジャズ
アシスタントコーチ: ボビー・クレミンス ジョージア工科大学
アシスタントコーチ: クレム・ハスキンス ミネソタ大学
チームドクター: スティーブ・ハース ワシントン ブレッツ
チームドクター: ジョン・ヘファーロン シカゴ ブルズ
チームドクター: ブルース・モーズレイ ヒューストン ロケッツ
アスレチック トレーナー:  スティーブン・ブレイス クレイトン大学
アスレチック トレーナー:  ロン・カルプ マイアミ ヒート

シドニー五輪
シドニー五輪。飾られているのは、ケビン・ガーネット選手のジャージと、男子メンバー全員のサインが入ったボールです。

これまで、その栄光を称えるような紹介文が、こちらではうってかわって、やや厳しい評価がつけられています。
1992年以来、1桁得点差での辛勝は初めてで、9点差・2点差で勝利した試合が2つあった、とあります。

ロスター 2000年9月15日〜10月1日 開催地:シドニー(オーストラリア) 金メダル
名前 身長 体重 年齢 所属
G レイ・アレン 6-5 205 25 ミルウォーキー バックス
ティム・ハーダウェイ 6-0 195 34 マイアミ ヒート
アラン・ヒューストン 6-6 200 29 ニューヨーク ニックス
ジェイソン・キッド 6-4 212 27 フェニックス サンズ
ゲイリー・ペイトン 6-4 190 32 シアトル スーパーソニックス
スティーブ・スミス 6-8 221 31 ポートランド トレイルブレイザーズ
F ビンス・カーター 6-6 225 23 トロント ラプターズ
シャリーフ アブドゥル=ラヒム 6-9 230 23 バンクーバー グリズリーズ
ビン・ベイカー 6-11 240 28 シアトル スーパーソニックス
ケビン・ガーネット 6-11 220 25 ミネソタ ティンバーウルブス
アントニオ・マクダイズ 6-9 220 26 デンバー ナゲッツ
C アロンゾ・モーニング 6-10 261 30 マイアミ ヒート
Staff ヘッドコーチ: ルディ・トムジャノビッチ ヒューストン ロケッツ
アシスタントコーチ: ラリー・ブラウン フィラデルフィア 76ers
アシスタントコーチ: ジーン・ケディ パデュー大学(インディアナ)
アシスタントコーチ: トビー・スミス ケンタッキー大学

北京五輪
2004年は、銅メダルで終了してしまったUSAチーム。
2008年チームには、更なる厳しい物を背負わされての船出となりました。

"The Redeem Team(過去を清算するチーム)"と題された紹介文には、今までとは異なった、厳しい新体制にて臨んだ旨と、その結果、全試合通して平均32.2得点差をつけ勝利し、最小得点差でもスペイン戦の118-107で、期待通りの結果を残せたと書かれています。

飾られているのは、コービー選手のジャージ(#10)の市販品とシューズ、レブロン・ジェイムス選手のジャージ(#6)の市販品とシューズです。
中央の#8のジャージには、特に説明はありませんが、マイケル・レッド選手の物と思われます。

ロスター 2008年8月10日〜24日 開催地:北京(中国) 金メダル
名前 身長 体重 年齢 所属
ジェイソン・キッド 6-4 212 35 ダラス マーベリックス
クリス・ポール 6-0 170 23 ニューオリンズ ホーネッツ
コービー・ブライアント 6-6 220 30 ロサンゼルス レイカーズ
マイケル・レッド 6-6 215 29 ミルウォーキー バックス
ドウェイン・ウェイド 6-4 212 26 マイアミ ヒート
デロン・ウィリアムス 6-3 205 24 ユタ ジャズ
レブロン・ジェイムス 6-8 240 23 クリーブランド キャバリアーズ
カーメロ・アンソニー 6-8 230 24 デンバー ナゲッツ
カルロス・ブーザー 6-9 258 26 ユタ ジャズ
クリス・ボッシュ 6-10 230 24 トロント ラプターズ
ティショーン・プリンス 6-9 205 28 デトロイト ピストンズ
ドワイト・ハワード 6-11 265 22 オーランド マジック
Staff ヘッドコーチ:  マイク・シャシェフスキー デューク大学
アシスタントコーチ: ジム・ボーヘイム シラキュース大学
アシスタントコーチ: マイク・ダントーニ ニューヨーク ニックス
アシスタントコーチ: ネイト・マクミラン ポートランド トレイルブレイザーズ
チームドクター: シェルドン・ブランス ミネソタ ティンバーウルブス
アスレチック トレーナー:  キース・ジョーンズ ヒューストン ロケッツ
アスレチック トレーナー:  ケイシー・スミス ダラス マーベリックス
マネイジング ディレクター: ジェリー・コランジェロ

アメリカ代表の歴史
オリンピックコーナーの締めくくりとして、1936年から2008年までの、アメリカ代表チームが歩んだ軌跡を表にまとめました。

エアジョーダンシリーズ
2Fこのエリア最後は、ジョーダンコーナーで前回撮影できなかった、エアジョーダンシリーズをアニメータでご覧下さい。

Which Next?
はじめに
Hall of Fame 3F ヒストリーコーナー
Hall of Fame 2F USAチームコーナー
Hall of Fame 2F Hall of Famer コーナー
Hall of Fame 1F バスケットボールコート