レプリソーム旅行記Vol.20 Naismith Basketball Hall of Fame Part 3

Electronic Coach
この機械には、 Electronic Coach という名前がついています。
電子的監督とでも言うべきでしょうか。

タッチパネルで作動し、液晶画面内でアトラクションを見せてくれます。

デモンストレーション
こちらは、そのデモンストレーションです。
人の興味をひくように、何かしらいつもこうした映像と音声を流しています。

画像に写っているのは、UCLAの元監督(以下呼称:HC)、ジョン・ウッデン氏です。

実際に
実際に操作してみます。
まず、監督のリストがアルファベット順に表示されます。

特に、HCキャリアのある人物なら登録されているようで、HCとしてこの Hall of Fame に選ばれている必要はないようです。

この画面上で、見たいHCを選びます。

ここでは
ここでは、チャック・デイリーHCを選びました。
最初に、ご本人の顔・生年月日・キャリアの概略が表示されます。

続いて詳細に見ていくと、率いたチームでの勝率データが表示され、更にご本人の声で、色々と語ってくれます。

さらに
こちらは、ラリー・ブラウンHCですが、監督としての成績の他に、選手としてもキャリアを持っている場合は、それも表示されます。

戦術
今度は、色々な監督の戦術についてです。
最初の画面には監督が表示され、その下にその監督を代表する戦術が書かれています。

次に、監督を選ぶと、戦術の具体例として試合のワンシーン動画が始まり、その説明が行なわれます。
ここでは、フィル・ジャクソンHC指揮のトライアングルオフェンスを選びました。

審判
今度は、審判です。
この画像がTOPページです。

審判 2
画面に触れると、審判の方が現れます。
この方は、NCAA ディビジョンTで審判を務めている、エド・ハイタワー氏です。

次の画面
次の画面に進むと、

 トラベル(トラベリング)
 ダブルドリブル
 ディフェンスファール

の3つが表示され、小さく表示されたハイタワー氏から「見たいのを選んで」と促されます。

実演
選択をすると動画にて、プレーの実演と説明がなされます。
腕を組んで一緒に観戦するハイタワー氏が、小さく映し出されるなど、芸が細かいです。

この他にも
このフロアには、この他にも展示コーナーがあります。
見てみたいと思います。

UCLA
こちらはUCLAのコーナーです。
カリーム・ジャバー選手やジョン・ウッデンHCをはじめとし、数多くの Hall of Famer を輩出しているだけでなく、NCAA各競技の優勝回数が合計100を超え、男子バスケットボール史上でも、10回以上優勝を達成している名門です。

   1964年 (30-0)   1965年 (28-2)   1967年 (30-0)
   1968年 (29-1)   1969年 (29-1)   1970年 (28-2)
   1971年 (29-1)   1972年 (30-0)   1973年 (30-0)
   1975年 (28-3)   1995年 (31-2)

ジャージ
以前は、1着しか飾られていなかったジャージが、いくつか増えています。

「UCLA 12」とあるホワイトのジャージは、トビー・ベイリー選手(98年からサンズでプレー)の物です。

#31と#13のジャージは、オバノン兄弟の物です。
兄のエド(#31)はネッツとマーベリックスで、弟のチャールズ(#13)は、ピストンズでプレーしました。

この3選手いずれも、上記の11回目の優勝チームのメンバーでもあります。

カリーム・アウドゥル=ジャバー
そのジャージの手前にある、青いショーツと白いシューズですが、いずれもカリーム・アウドゥル=ジャバー選手の物で、ショーツはウッデンHCからの寄贈とあります。

ショーツの丈が短いこともさることながら、シューズの造りも当時を感じさせます。
本体は布でできており、バスケットボールシューズというよりは、学校で着用するような上履き、に近い造りです。

つま先には「33」の文字が、本体には、ジャバー選手のサインが書かれています。
これも寄贈品とあります。

NCAAファイナルのボール
この2つのボールは、いずれもNCAAファイナルで使用されたボールです。

右が1969年の物で、パデュー大学を退け、カリーム・ジャバー選手がトーナメントMVPに選ばれました。ボールには、同選手とウッデンHCのサインが入っています。

左は1975年の物で、ケンタッキー大学を破っての優勝でした。この優勝により、ウッデンHCの監督生活最後のシーズンを有終の美で飾ることになりました。

いずれのボールも寄贈品で、1975年の物はサンディエゴ州立大学から、1969年の物はマクグレガー氏という個人から寄贈されました。

記念ドリンク
コネチカット大学やノースカロライナ大学でもご紹介しました通り、NCAAでは優勝すると、飲み物の会社から優勝記念として、祝勝をプリントした特別バージョンの缶または、ビンのドリンクが販売されます(中身は通常の物と同じと思われます)。
これもその1つで、7UPというソフトドリンクのビンです。

ビンには、「Salutes John Wooden(ジョン・ウッデン氏に表敬します)」とあり、おもてには、ウッデンHCの成し遂げた勝敗の数、裏面には10回優勝した記録(下記)が、プリントされています。

 1964年 98-83 対Duke大
 1965年 91-80 対ミシガン大
 1967年 79-64 対デイトン大
 1968年 78-55 対ノースカロライナ大
 1969年 92-72 対パデュー大
 1970年 80-69 対ジャクソンビル大
 1971年 68-62 対ビラノバ大
 1972年 81-76 対フロリダ州立大
 1973年 87-66 対メンフィス州立大(現メンフィス大)
 1975年 92-85 対ケンタッキー大

フィギュア
こちらは、ウッデンHCのフィギュアです。
2つ分けの髪型など、細部までよくできています。

優勝ネット
UCLAのコーナー最後は、優勝ネットです。

これは、1965年ポートランド行なわれたファイナル(対ミシガン大戦)で優勝したのち、ゲイル・グッドリッチ選手(レイカーズ永久欠番#25)がカットしたネットです。

UCLAからの寄贈品です。

デューク大学
展示品がちょっと少なめですが、こちらはDUKE大学とそのHC、マイク・シャシェフスキー氏のコーナーです。

デューク大のジャージ
残念ながら、#23のジャージには説明がありませんが、
#42のジャージは、エルトン・ブランド選手が着用していたもの、
#21のジャージはトラジャン・ラングトン選手が着用していたものです。

いずれもデューク大学から寄贈された物になります。

2連覇
ボールについては説明がありませんが、「1992 Final Four」と刻印がなされていることから、1992年のベスト4の試合で使用されていたボールと思われます。

また、このブルーのスウェットシャツは、デューク大学が2連覇(1991年・1992年優勝)した際に、シャシェフスキーHCが着用していたものです。
胸には、「DUKE 91 92 NCAA Champions」と刺繍が施されています。

このシャツは、同HCからの寄贈です。

2001 Final Four
こちらのボールにも説明がありませんが、「2001 Final Four」と刻印されていることから、2001年のベスト4の試合で使用されたボールと思われます。

シェーン・バティエ選手やジェイ・ウィリアムス選手の頃のチームです。

ジョン・トンプソン
こちらは、ジョージタウン大学の元HCのジョン・トンプソン氏(画像中のメガネの男性)のコーナーです。

その頭上には、「596-239」の白い数字が見えますが、キャリア通算の勝敗数で、27年間で実に7割以上の勝率になります。

ジョージタウン大学
ジョージタウン大学といえば、パトリック・ユーイング選手、ディケンベ・ムトンボ選手、アロンゾ・モーニング選手といった、NBAの名センターを輩出したこと、アレン・アイバーソン選手の母校としても有名ですが、彼らはみなジョン・トンプソンHCの教え子でした。

初めての優勝
1984年、ユーイング選手を擁するジョージタウン大・ホヤスが初めての優勝を果たします。

ボールは決勝戦で使用していたボールで、トンプソンHCのサインが入っています。

メガネには説明はありませんが、トンプソンHCのが着用していた物のようです。

500勝目
このチームカラーをあしらったボールは、トンプソンHCが1994年2月26日に500勝目をマークしたことを受けての記念ボールです。

500勝目 2
画像のタオルは、ジョージタウン大学から寄贈されたものですが、500勝目を迎えた試合でトンプソン監督が使用していた物とあります。

その右となりに見えるボールには、1952年に催された「 Boston Invitational Tournament 」での結果が刻印されています。

 ジョージタウン大学 79-70 シアトル大学
 ジョージタウン大学 72-72 ロードアイランド大学

half full or half empty?
この形がいびつなボールは、古いから空気が入らないのではなく、トンプソンHCが選手のモチベーションを上げるための小道具として使っていたボールで、以下の言葉を選手に問いかけるそうです。

 「Is the ball half full or half empty?」
 「ボールには、空気半分はいっているのか、半分空なのか」という直訳ですが、

 半分もある・半分しかないのどちらに感じるのかで、その時の心境を判別するのに使うのか
それとも、
 全力でやって半分しか入らなかったのか、フルに入れる力がありながら(手を抜いて)半分空になっているのか

この言葉の意味するところが、本当は何なのかについては書かれていません。
非常に興味深いところです。
このボールは、トンプソンHCから寄贈されました。

ノースカロライナ大学
ノースカロライナ大学の元HC、ディーン・スミス氏のコーナーです。

前回訪れた時から、壁紙がジョーダン選手の「The Shot」へと変わりました。

ノースカロライナ大のジャージ
ジャージも新たに加わりました。
#33はアントワン・ジェミソン選手のもので、#41は1983-84シーズンにサム・パーキンス選手が着用していたジャージで、特にジェミソン選手の物は、ノースカロライナ大学からの寄贈とあります。

また、その手前にある、NCAAとプリントされているボールは、1993年決勝戦で使われていたボールとあります。

記念・サインボール
これらの2つのボールは、右がディーン・スミスHCが1991年1月9日に、対メリーランド大学戦でキャリア通算700勝目を挙げた記念ボールです。

左は、ターヒールズが、ロイ・ウィリアムスHCの指揮下に入り、優勝した2005年のメンバーによるサインが入れられたサインボールです。

スミスHCのスーツ
前回もご紹介しましたが、このスーツはディーン・スミスHCが使用していたスーツで、同HCから寄贈されました。

NCAAの連勝記録
こちらは、コネティカット大学女子チームを指揮するジーノ・アウリーマHCのコーナーです。
同HCの名前の入った折りたたみのイス、女子選手のジャージとシューズが見えますが、特にご紹介したいのは一緒に写っているボールです。

 「Consecutive 55 Wins」の文字の通り、アウリーマHC率いる女子チームは、2008年から負けなしの連続勝利を成し遂げます。
その55勝目(対ジョージタウン大学戦 72-49)の記念ボールです。
ボールには、「ディビジョンT新記録」と書かれています。

最終的には、89勝まで記録は伸び、男女あわせた記録の中でも、最長の連続勝利記録となりました(男子では、UCLAの1971-74年にかけて達成された88連勝)。
また、コネティカット女子チームは、2001-2003年の間に、70連勝の記録(男女歴代3位)も達成しています。

ハスキーズ男子チーム
こちらが、男子チームを率いる、ジム・カルホーンHCのコーナーです。

ジャケット & シューズ
胸に大きく「C」の文字が入ったジャケットは、エメカ・オカフォー選手が使用していた物、その下に置かれたシューズは、ケビン・フリーマン選手の物です。

Coach of the Year
その隣には、カルホーンHCが1989-90シーズンに、 カレッジバスケットボール・コーチ・オブ・ジイヤーに選ばれたメダルが飾られています。

700勝目
このボールは、カルホーンHCがキャリア通算 700勝目を挙げた記念ボールです(ノースイースタン大学のHCを務めていた勝利数を含みます)。

2005年3月2日、ホームのガンペルパビリオンでジョージタウン大学と対戦してのことです。

サインボール
こちらは、2004年4月5日にサン アントニオで行なわれた決勝戦で、ジョージア工科大学に 82-73で勝利したサインボールです。
カルホーンHCのサインが入っています。

ジャージ & 著書
こちらは、レイ・アレン選手のホームジャージと、カルホーンHCの著書です。

1993-96シーズンの大学ジャージではありますが、NBAのオーセンティックジャージのように、パッチワークがしっかりと生地に縫い付けられた、良い造りのジャージです。

NITトーナメント
このボールとトロフィーは、1988年にNITトーナメントで優勝した時のものです。

教え子
この他、カルホーンHCの教え子である、選手達の写真や当時の様子が語られています。

シラキュース大
画像は、シラキュース大のジム・ボーヘイムHCのコーナーです。
NCAAでの優勝こそ、カーメロ・アンソニー選手を擁したチームの1回しか、まだありませんが、同HCの勝利数はすでに800を越えており、強豪校として名高いチームです。

500勝目
その勝利数500目を記念した、記念ボールです。
1997年2月22日の対ラトガーズ大学戦(最終スコア 92-62)で、500勝目に到達しました。

2003年
2003年優勝の記念品も飾られています。
1つ目は、決勝戦の結果(対カンザス大 81-78)と、選手のサイン達の直筆サインが入ったボールです。
「15」と思われる筆跡が見えます。カーメロ・アンソニー選手?。

2003年 2
このストライプのネクタイは、ボーヘイムHCが2003年の決勝戦で着用していた物、とあります。

また、説明書きはありませんが、メガネもその試合で使用していた物と思われます。

ベロに・・・
こちらのシューズにも説明書きはありませんが、ベロに「2003」とありますので、優勝した2002-03シーズン、あるいは決勝戦で着用していた物かも知れません。

#1のジャージ
現サンズのハキム・ウォーリック選手(2012年2月現在)のジャージです。

Coaches vs. Cancer
500勝の記念ボールの奥にある、プレートに目が止まりました。

表題には
「我々、生存者は我々がガン(癌)と戦い続けるようにしてくれた、あなたに感謝する」とあり、2000年の4月28日に、Coaches vs. Cancer から、ボーヘイムHCに贈られたものです。

Coaches vs. Cancer というのは、とアメリカ癌学会とバスケットボールコーチ協会(NABC:National American Basetball Coaches)との協働プログラムのことで、バスケットボールコーチの社会的影響力を生かし、呼びかけや公演など、ガンに対する意識や認識を高める活動をするというものです。

ボーヘイムHCをはじめ、ノースカロライナ大のロイ・ウィリアムスHC、デューク大のマイク・シャセフスキーHC、コネティカット大のジム・カルホーンHCの他、多くのHCが参加しています。

特に、ボーヘイムHCは、両親や近しい友人を癌で亡くしていることからも、このプログラムに対して尽力してきましたが、自身も2001年に前立腺癌を患い、それを克服するばかりか、現役の監督に復帰して、元気に活躍し続けていることが、同じ病気を患っている人達に希望や勇気を与えるからこその賞賛・表彰と思われます(治療のために欠場したのは、わずか3試合)。

そのほかにも
その他にも、Hall of Fame に選ばれたHCのコーナーが設けられています。

右から、レニー・ウィルキンスHC(1998年にHC、1989年に選手として Hall of Fame に認定)、ジャック・ラムジーHC(1992年)、そしてヒューストンのHC2名は1箇所にまとめられており、コメッツを率いたヴァン・チャンセラーHC、ロケッツを率いたルディ・トムジャノビッチHCのコーナーが設けられています。

NBAのコーナーへ
NCAAのHCのコーナーすぐ隣からは、NBAのHCのコーナーになっています。
ディーン・スミスHCの隣は、シカゴ・ブルズを率いたフィル・ジャクソンHCのコーナーです(ホーレス・グラント選手の赤い#54のジャージが見えます)。

2着のジャージ
2着のブルズのジャージが見えますが、#54はホーレス・グラント選手の物で、#33はスコッティ・ピペン選手。
前者はシカゴ・ブルズから、後者は95-96年の物で Champion 社から寄贈された物です。

3連覇 91・92・93
画像のボールは、ジョーダン選手率いるシカゴ・ブルズが、1991年・1992年・1993年の3連覇を成し遂げたことを記念した、メモラビリアのボールです。

レイカーズとニックス
次は、レイカーズとニックスのコーナーです。
両チームとも歴史があり、多くの Hall of Famer を輩出したチームだけに展示品も多そうです。

L. A. レイカーズ
まずはレイカーズのコーナーからです。

ゲイル・グッドリッジ
#25のジャージは、ゲイル・グッドリッジ選手のジャージで、
現行物と同じく、文字が白抜きです(マジック・ジョンソン選手の現役当時、コービー選手がルーキーだった当時は、パープルの文字にホワイトのシルエットでした)。

こちらは、ご本人から寄贈されたものです。

2つのボール
画像の2つのボールは、右の白い物が2000年優勝記念ボールです。
HCや選手達のサインが書き込まれているだけでなく、「1988年 対ピストンズ(4-3)」のように、過去に優勝した記録が刻まれています。
このファイナルを最後に優勝から遠ざかっていたレイカーズにとって、12年ぶりの優勝でした。

一方、左の一部ペイントが施されているボールは、チーム史上NBAで2000勝目をあげた記念ボールです。
1990年1月24日のアウェイでのペイサーズ戦(120-111)でのことです。

30000得点
展示されているボールの中で、ひときわ古めかしいこのボールは、ウィルト・チェンバレン選手がキャリア通算30000得点を記録した試合のボールです。

1972年2月16日のサンズ戦でのことで、このボールはサンズから寄贈されました。

27 Consecutive Games
チェンバレン選手に関する物をもう1つご紹介します。
画像の「27 Consecutive Games」と書かれたボールは、その文字の通り、27試合連勝した試合でのボールです。

時は、1971-72シーズン。
チャンバレン選手擁するレイカーズは、この連勝記録を33まで伸ばし、画像のボールは、その27勝目で使用していたボールです。

レイカーズはこのシーズン、ニックスとのファイナルで優勝したことからも、連勝が単なる勢いだけではないことが察せられます。

ミネアポリス・レイカーズ
パープル&ゴールドがチームカラーのレイカーズにあって、見慣れないライトブルーのショーツ。
これは、ミネアポリス・レイカーズ時代の物で、ジョージ・マイカン選手が着用していた物です。
同選手は、メガネをかけた選手は成功しない、など批評されながらも、ペイントエリア拡大、ゴールテンディング導入、ショットクロック導入と、その存在で全体のルールを変更させるほどの存在でした。

余談ですが、NBAに途中から併合されたABAのカラーボール(オールスターの3ポイントコンテストでも使われていたカラーボール)は、マイカン選手のアイデアと言われています。

レイカーズのセンター
画像のジャージやウェア、ゴーグルは、レイカーズのもう一人の偉大なセンター、カリーム・ジャバー選手の物です。
レイカーズから寄贈されました。

同選手もUCLA時代に、ダンク禁止のルール改変をさせたほどの影響力を持った選手で、のちにこれがスカイフック誕生のきっかけとなります。

シャキール・オニール選手が、NBAでのゾーンディフェンス解禁のきっかけの1つであったように、レイカーズの巨人達は、常にルールの改変者でした。

次は
次は、ニックスのコーナーです。
その後、ピストンズ、スパーズへと続きます。

パトリック・ユーイング
画像左半分の#33ジャージ、ホワイトのシューズ、#33と入ったウェアは、パトリック・ユーイング選手に関する物です。
特に、#33ジャージは、グッズメーカーとしても有名なStarter社から寄贈されました。

ホワイトのシューズは、1996年11月19日の対マジック戦で、ユーイング選手がキャリア通算20000得点した記念として、ご本人から寄贈された物です。

ウィリス・リード
画像の#19のジャージは、ウィリス・リード選手のジャージです。
ユーイング選手と同じく、ニックスの永久欠番のセンタープレイヤーでした。

このジャージは、ニックスから寄贈されました。

試験的に使われたボール
画像のボールは、ディック・マクガイア選手(永久欠番 #15)、ハリー・ギャラティン選手らが活躍した、1955-56シーズンのニックスメンバーによるサインが入ったボールですが、記念ボールではなく、1950年代に試験的に使われた革のボールです(結果的には定着しなかった、とあります)。

フォートウェインからデトロイトへ
続いては、ピストンズのコーナーです。
右に見える#11のジャージは、バッドボーイズの筆頭とも言われた、アイザイア・トーマス選手がルーキーシーズンに着用していたジャージです。

中央に見える、#4のジャージは、バッドボーイの中のグッドボーイ、ジョー・デュマース選手のホームジャージです。背番号のそばに、直筆のサインが見えます。
また、床に置かれたウォームアップパンツと思われる物も、デュマース選手の物で、いずれもご本人から寄贈されました。

左に見える青いジャージは、ピストンズがまだインディアナ州のフォートウェインに本拠地を置いていた頃のジャージで、#12はジョージ・ヤードリー選手の物です。ご本人からの寄贈品です。

同選手は、1953年からフォートウェイン・ピストンズでプレーし始め、チームがデトロイトへ移転して初めてのシーズン(1957-58年)に、NBA史上初の1シーズンで2000得点した選手となりました。

NBA史上初の
画像のボールは、そのヤードリー選手がNBA史上初の1シーズン2000得点した選手になった試合で使われていたボールです。
1958年3月のシラキュース戦で達成されました。

ゾルナー・ピストンズ
時代はさらに遡り、1944-45シーズン。
この頃のピストンズは、当時のオーナーであるゾルナー氏の名前も入れ、フォートウェイン・ゾルナー・ピストンズとも呼ばれていました。

画像のボールは、1944-45シーズンのゾルナー・ピストンズとカレッジオールスターチームとが試合をした時に使われたボールです。

結果は、48-38でピストンズが勝利したとありますが、1944年・1945年のピストンズは、NBLで優勝したチームでもありました。

ボブ・レイニア
画像の、そのボールの隣にあるシューズは、ピストンズから寄贈された、ボブ・レイニア選手のシューズです。

1970-80年にピストンズで活躍した選手ですが、シューズ本体は、薄いもののすでに素材は革に移行していました。

カール・ベネット
この時計は、1945-46シーズンのピストンズを率いた、カール・ベネットHCに贈られた物で、ご本人から寄贈されました。

このシーズンに、ピストンズはNBLでのシーズン優勝(26-8)を果たしますが、プレイオフで、後に Hall of Fame に選ばれる3選手を擁するロチェスター・ロイヤルズに敗れたとあります。

※レッド・ホルツマン選手、ボブ・デイビス選手、アル・サーヴィ選手

残念ながら
残念ながら、スパーズのコーナーに展示されている物に、説明書きがほとんどないため割愛して、説明書きがいくらかあるセルティクスとシクサーズのコーナーへ。

12000リバウンド
隣に写る、7号球よりも大きな Champion 社のシューズは、ロバート・パリッシュ選手が、セルティクスに所属していた1990-91シーズンに、キャリア通算12000リバウンド達成したことを記念し、ご本人がサインをしたシューズです。

パリッシュ選手ご本人から、Hall of Fame へ寄贈されました。

1957年のセルティクス
このボールは、1957年のNBA 優勝戦で使用されたボールです。ジェラルド・ランバート氏、個人の方からの寄贈とあります。

対戦相手は、セントルイス・ホークス(現アトランタ・ホークス)で、最終戦の7戦までもつれましたが、レッド・アワーバックHC率いるセルティクスが優勝しました(内容は、7試合のうち2試合がダブルオーバータイム)。

この時のセルティクスには、ボブ・クージー選手をはじめ、ルーキーだった2選手、ビル・ラッセル選手、トム・ハインソン選手が在籍し、各々アシスト・リバウンド・得点で活躍してチームを牽引したとあります。
この2年後から、セルティクスの8連覇が成されることとなります。

シクサーズ
こちらはシクサーズのコーナーです。

ジャージが2着見えますが、#2はモーゼス・マローン選手着用の物、#32はビリー・カニングハム選手着用の物で、いずれもシクサーズから寄贈されました。

シクサーズの前身
このトロフィーは、シクサーズが前身シラキュース・ナショナルズだった頃の物です。

当時所属していた、ジョン・マックノウスキー選手が、1948-49シーズンにNBL オールルーキーチームを受賞した時の物です。
62試合のうち、その多くをスタメン起用されて439得点・65アシストした、とあります。

高校チーム
この他、高校チームの展示もあります。

Strategies
「Strategies」と銘打ったコーナーには、ボブ・ナイツHCのモーションオフェンス、テックス・ウィンターコーチのトライアングルオフェンスなど、Hall of Fame に選ばれた監督らの有名な戦術が、図解で紹介されています。

掲示場所が、ロッカールームのロッカーなのもこだわりを感じさせます。

懐かしい写真
そのロッカーの隣には、選手の懐かしい写真が紹介されています。

 ノースカロライナ大時代のビンス・カーター選手
 ジョージア工科大時代のトラビス・ベスト選手
後ろ姿ですが
 パデュー大時代のグレン・ロビンソン選手
 コネティカット大学時代のドニエル・マーシャル選手です。

ここにも
懐かしい写真はここにも。

高校時代の
 クリス・ウェバー選手
 ビンス・カーター選手
 ブランドン・ジェニングス選手
 モンタ・エリス選手
 グレッグ・オーデン選手です。

まだ準備中
このコーナーは、現在TVでアナリストとして活動する、クリス・ウェバー氏としてのコーナーですが・・・看板はあるものの、液晶画面には何も映っておらず、辺りには何もない殺風景な様子で、まだ準備中のようです。

唯一
唯一あったのがこれです。
壁に、現役時代の写真とジャージがセットになって飾られています。
特に記載はありませんが、大きさた仕様を見る限りでは、ウェバー選手が着用していた実使用の物のようです。

1Fのバスケットコートへ
これで2Fは終了です。
それでは1Fのバスケットコートへ。

Which Next?
はじめに
Hall of Fame 3F ヒストリーコーナー
Hall of Fame 2F USAチームコーナー
Hall of Fame 2F Hall of Famer コーナー
Hall of Fame 1F バスケットボールコート