旅行記Vol.13 Naismith Basketball Hall of Fame

Hall of Fame の地図
Hall of Fame 館内の地図です。
1〜3Fまで吹き抜けとなっており、各フロアの外周(緑の中にある円状の黒い箇所)をグルりと回って、
 3F→ 2F→ 1F
と降りてくるのがスタンダードコースとのことです。
ここでは3Fをご紹介します。

Hall of Fame の3F
エレベータで上がってきました。
Hall of Fame の3F、いきなり薄暗いフロアです。
上の地図の通り、縁に沿うように、ずっと何かが続いています。

メモラビリア
ずっと続いているのはショーケースです。
その中には、 Hall of Famer の各選手・コーチらに関する記念品(メモラビリア)などが収められています。

はじめは
ケースの外側には、バスケットボールが誕生したいきさつが書かれています。
また、ケース内の肖像画は、1956年にオリンピックチームを率いたコーチ、フォレスト・アレン氏です。

次は
カレッジバスケットボール・ルール協会(College Basketball Rules Committee:CBRC)を創設したラルフ・モーガン氏の殿堂入りを記念したドキュメントと、1908年当時のボールです。

ABL
ABL優勝トロフィーです。
これも1926年当時の物です。

デイビア & ペティット
ハーレムグローブトロッターズのプロモーションを通じて、バスケットボールの認知を高めたアブラハム・サパースタイン氏を表彰した盾、ABA・NBL・NBAの異なる3つのリーグを経験したボブ・デイビス選手のユニフォーム、ボブ・ペティット選手の著書です。

チェンバレン, ヘイガン & ポラード
1968年の2月23日の対ピストンズ戦でのウィルト・チェンバレン選手(シクサーズ)の25000得点目の記念ボールと、1967-68シーズンにダラス・Chaparrals所属時に、クリフ・ヘイガン選手が着用していたショーツ、1945年にジム・ポラード選手へ贈呈されたトロフィーです。

カルビン・マーフィー
カルビン・マーフィー選手(ロケッツ)が、82-83シーズンに残したフリースロー確率:92%を記念したトロフィーです。

LA五輪 & ジャバー
1984年のLAオリンピック女子チーム優勝記念ボールと、カリーム・アブドゥル=ジャバー選手のシューズです。
ボールには、コーチと選手達の名前が書かれていますが、その中にレジー・ミラー選手の実姉、シェリル・ミラー選手の名前もあります。

トンプソン & マクヘイル
ジョージタウン大学のコーチ、ジョン・トンプソン氏が1994年に500勝目をあげた際の記念ボールと、ケビン・マクヘイル選手引退記念コインです。

ウッデン & トーマス
2000年の1月15日に通算1200勝を記録したモーガン・ウッテン監督の記念ボールと、当時の作戦盤。
そして、アイザイア・トーマス選手引退時のシューズです。

マローン & チェイニー
モーゼス・マローン選手のシューズと、DUKE大学のマイク・シャシェフスキー監督のサインが入った2001年優勝記念品、1994年3月7日にテンプル大のジョン・チェイニー監督がジョージ・ワシントン大学を54-34で破り、500勝目をあげた記念ボールです。

デュマース & ウィルキンス
ジョー・デュマース選手のサイン入りシューズと、ドミニク・ウィルキンス選手が1992年11月5日の対ニックス戦でキャリア通算20000得点を記録した(NBA史上 17人目)の記念ボールです。

アウリーマ,バークレー & ギャビット
冒頭でもふれましたが、2006年に Hall of Fame に選ばれた、コネティカット大学のジノ・アウリーマ監督2003年4月6日に対テキサス大学戦であげた500勝目を記念したボールです。

その下のシューズはチャールズ・バークレー選手の物です。
その横のプラークはNBA50名選出に選ばれた際の記念品です。

後ろの大きな盾は、デビット・ギャビット氏が1972年にヒュー・グリアー・コーチ・オブ・ジ・イヤーを受賞した時のものです。

頭上に・・・
メモラビリアの他にもう1つ、このフロアの縁に沿うように、頭上でずっと何かが続いています。

The Honors Ring
この The Honors Ring というタイトルの説明書きによると、一世紀にわたりバスケットボールという競技を形作ってきた、 Hall of Famer たちの顔写真を飾っております、とあります。

見あげると・・・
確かに Hall of Famer の写真が、上の説明通り頭上に輪を作るように壁に飾られています。

写真
Hall of Fame に選ばれた人々の顔写真です。
まだ、この壁面を埋め尽くすほどの人数がいないため、空白の箇所には、ボールやゴールや優勝カップの絵が代わりに飾られています。

懐かしい面々
懐かしい面々がいます。
画像中、上段の真ん中、バッド・ボーイズ時代のピストンズとドリームチームIを率いたチャック・デイリー元監督です。
ピストンズでは監督ながら永久欠番に選ばれています。

下段の一番右、通算得点1位のカリーム・アブドゥル=ジャバー選手です。そして下段の一番左、現レイカーズ所属のルーク・ウォルトン選手の父親、ビル・ウォルトン選手です。
若い頃の写真のためか、息子のルーク・ウォルトン選手の今とよく似ています。

2006年の選手
2006年に Hall of Fame に加わった、チャールズ・バークレー選手と、ドミニク・ウィルキンス選手です。
ここでちょっと気になったことが。
この他にも、マジック・ジョンソン選手やラリー・バード選手らの名前はあるのですが、マイケル・ジョーダン選手の名前はありません。あれだけ偉大な選手なのに、名前はないのは不思議です。

スタッフの方によると、 Hall of Fame に選ばれるには、単に偉大である・実力があるという以外にも一定の条件を満たすことが必須です(下記)。

ジョーダン選手は、まだそれを満たしていないがために、ここに名を連ねていないそうです。
他にも、数年のうちにストックトン選手やオラジュワン選手も名を連ねていくことになると思われます。

Contributor
あまりNBAや実際のコートなどでは、聞きなれない「 Contributor 」言葉ですが、直訳は『貢献者』で、バスケットボールの発展に、コート上など正面からではなく、側面から貢献した人々と解釈していいようです。

確かに、監督としても見覚えのないスーツ姿の方の写真がたくさんあります。
NBAを国際的な物にまで押し上げた、現NBAコミッショナーであるデビッド・スターン氏もここに名を連ねるのではないでしょうか。

記念品を納めたショーケース
ショーケースの中には、これまでの Hall of Famer たちの記念品が納められています。
また、上でご紹介した、選手・コーチ・審判・コントリビューターらが、Hall of Fameにノミネートされるための条件が記されています。

<選手の場合>
現役引退の期間が満5年であること(1度引退してから復帰した経緯がある場合は Hall of Fame の委員会により個々に審査される)。

<監督の場合>
現役引退の期間が満5年であるか、その時点で現役であっても、25年間プロ・アマ(大学または高校)のヘッドコーチとして、もしくはフルタイムのアシスタントコーチとして務めていること。

<審判の場合>
満5年間引退しているか、またはその時点で現役だった場合、少なくとも25年間務めていること。

< Contributor の場合>
勤続年数には関わらず、バスケットボールに重要な貢献をした時点で選出対象となる(何が重要な貢献になるのか、については Hall of Fame の選抜委員会か賞与委員会が決定)。

※他にも、上のような規程はありませんが、賞賛されるべきチーム(ハーレム・グローブ・トロッターズや初代セルティクス)も Hall of Fame として選ばれています。この場合は、個人受賞ではなく、チーム全体が対象となっています。

こちらにも・・・
2006年に選ばれた、ジョー・デュマース選手、チャールズ・バークレー選手、ドミニク・ウィルキンス選手のユニフォームやメモリアルボール、そしてジノ・アウリーマ氏、サンドラ・ガンバ氏、デビット・ギャビット氏らの記念品が納められています。

年表
そして、もう1つこのフロアの縁に沿って存在しているのが、この年表です。ネイスミス博士が1891年にバスケットボールを考案したのをかわぎりに、現代までの歴史が記述されています。

また、世界の歴史を1番下の層(ダークグリーンの箇所)に記述し、その時々の時代背景を記しています。
ここではご紹介し切れないため、いくつかの出来事とその年代に活躍・登場した選手やチームをご紹介します。

創世記のバスケットボール・ユニフォームは、現代のジャージ&ショーツのスタイルから思いもつかない外観ではないでしょうか。

1891年
1891年
ネイスミス博士によりバスケットボールが考案。

1895年
フリースローレーンのサイズが、オリジナルサイズだった20フィートから15フィートへ変更。

クララ・ベイアーにより、女性のためのバスケットボールガイドが発刊される。

バッファローの YMCA で、14歳の選手で構成された「バッファロー・ジャーマンズ・バスケットボールチーム」が発足。

Hamlineカレッジとミネソタ州立農業校との間で、初めての大学試合が行なわれる。


写真:スプリングフィールドのYMCAチーム

1896年
1チーム5選手制が標準となる。

フィールドゴール1投成功につき1得点だったのが、現在と同じ2得点に変更。

フリスロー1投成功につき3得点だったのが、現在と同じ1得点に変更。

観戦者による試合妨害を防ぐため、バックボードが設置。

スパルディングが第一版となる大学レベルのガイドラインルールを発刊。

プロ初の試合が行なわれ、フレッド・クーパー選手率いるトレントンのチームが、ブルックリンYMCAチームを16-1で勝利。

ブラジルのサンプロでバスケットボールが紹介され、南アメリカに伝えられる。


写真:フレッド・クーパー選手

1899年
NJ ナショナルズが National Basketball League で初の優勝。


写真:ネイスミス博士とカンザス大学のチーム

1901年
スパルディング アスレチック ライブラリーが、初の女性バスケットボールのオフィシャルルールを発刊。

Holyoke MA 高校が、初の国際試合で優勝。

エール大、トリニティカレッジ、ウェスライアンカレッジが初の大学バスケットボールカンファレンスを形成。

ダートマスを始めとする5つのカレッジがイギリスリーグを発足。

のちのアイビーリーグとなるイースタンリーグを、コロンビア大、コーネル大、ハーバード大、プリンストン大、エール大が発足させる。


写真:エール大のチーム

1902年
ジョン・アンダーソン選手が、フィラデルフィアカレッジを破った試合で80得点を記録。

ハリー”バッキー”ルイスが、白人バスケットボールリーグにおいて、初のアフリカ系アメリカ人(黒人)選手となる。

1906年
マディソンスクエアガーデンが初めてバスケットボールトーナメントのホストを務める。

1907年
5ファウル退場制導入(トラベリングやその他のバイオレーションも含む)。

Which Next?
1.はじめに
2.Hall of Fame 3F(Hall of Famersと歴史)
3.Hall of Fame 2F(バスケットボールの色々)
4.Hall of Fame 1F(歴代のバスケット)
5.おわりに